第31回「いけないデイドリーミング」(05年5月??日掲載)

先日、ある日本人の男性と話しをする機会があった。
「お子さんはいらっしゃるんですか?」と私が聞くと「ええとねぇ。一応、いますよ。14歳になったのかな? でも、もう一緒に住んでないので、今はどうなっているかわからないんですけどね」と笑っていた。
奥さんと離婚して、子どもとも別居状態にあるのだなあ、と即座に理解した。
私は、「そういうのも、何かいいですね」と言いそうになって、やめた。
昔、日本のTVで、吉田拓郎か誰かが、成人した娘に久しぶりに会った時、妙にどきどきしてしまった、みたいなことを言っていたのを見たことがある。
その時も実は「そういうのも一つの人生で、それはそれで楽しいのかもしれない」と思ったのだ。
私は今、子育てに追われている立場にいて、少々疲れ気味だから、軽はずみにもそう思ってしまったのだけれど、もし、本当にそうなってしまったら、悲しいに決まっている。
以前、アメリカでベストセラーになった『the Kiss』という本は、小さい頃、離れ離れになった父親との近親相姦を描いた、作者の自伝的追想録で話題になった。
もっとも、吉田拓郎が近親相姦だと言っているわけではないが、小さい頃の娘の姿しか知らずに時が経ち、ある日突然、「お父さん」と成熟した子どもが自分の前に現われたら、やっぱり驚いて、どきどきするのも当たり前だと思う。
私がもし、夫と別れ、子どもと会うことさえも許されないという立場に追いやられたとして、そのまま20年ぐらい経ったら、どうなるのかなあ、と想像した。
その夜、そのことを夫との話しのネタにすると、彼には全くそういうジョークは通用しなかった。
東京の母にも電話で話したら「あんた、ちょと疲れているんじゃないの?無理しないで休みなさい!」なんて凄い勢いで言われた。
お陰様で、ベイビーシッターだっているし、疲れきって毎日育児ノイローゼになりそうだというわけでもないのだけどね、私の場合。
でも、たまにはこんな風に思う日だってあるということ。




copyright (c) 2002-2006 hitoko ueyama all rights reserved.